今日は【メンズバレンタインデー】ちなみにバレンタインの起源はSM乱交パーティーです

2022/09/14

本日9月14日は

 

「メンズバレンタインデー」とかいう

 

意味のわからない日です。

 

 

知ってる人いるのかなあ・・・

 

 

改めまして

 

メンズバレンタインデーというのは

 

日本ボディファッション協会が

 

1991年に制定したものです。

 

 

 

男性から女性に下着を贈って告白する

 

という意味があるらしいですが

 

私に言わせりゃ

 

下着業界がただただ販売促進のために

 

安易に作り出したとしか思えない

 

不可解な記念日であります。

 

 

 

バレンタインの対として

「男性が積極的に

 女性に愛を表現する日」

なんていう表現もあるようですが

モノは言い様ですね・・・。

 

 

 

 

いや、でもほんと

 

冷静に考えてみて?

 

例えば

 

つきあってもない男性から

 

いきなり「好きです」と言われ

 

ブラジャーをプレゼントされるわけよ。

 

 

 

 

引く・・・

 

 

 

 

 

 

しかも。

 

サイズ、どうやって分かるの?

 

ブラジャーだったら

 

カップ数なんて男性はきっと

 

よく分からないはずだし。

 

 

 

もし小さめに間違えたら?

「へ〜そんな小さく見えるんだ」

 

大きめに間違えたら?

「ダスダスで使えないじゃん」

 

ジャストだったら?

「なんで分かるわけ!?!?気持ち悪い」

 

となる(笑)

 

 

下着って見えないからこそ

 

そのデザインに

 

こだわってたりするし。

 

 

そもそも下着は

 

人にプレゼントしてほしいと

 

まったく思わないです(私はね)。

 

 

 

 

 

 

いやしかし本当に世の中は

 

消費者の購買意欲を誘導し

 

購入を促進するための

 

巧みな戦略

 

てんこ盛りですね。

 

 

 

 

 

だいたい、今日の

 

メンズバレンタインデーの

 

元のきっかけを辿れば

 

「バレンタインデー」なんでしょうが

 

そもそもこのバレンタインデーが

 

闇すぎるイベントであります。

 

 

 

 

 

 

語りましょう。

 

ふふ。長文です。

 

おつきあいくださいませ(笑)

 

 

 

 

 

 

 

2月14日は

 

恋人たちの愛の誓いの日。

 

♀が♂に

 

愛を込めたチョコを贈り

 

告白する日。

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

私もそれ、信じてましたよ。

 

小学生の頃

 

好きな男の子にチョコを渡して

 

ドキドキしながら

 

3月14日を待ち

 

お返しがなくて泣いた

 

苦い思い出あり(笑)

 

そういや、ただの男友だちには

 

「義理チョコ」なんていう

 

画像元

 

 

 

 

 

わけのわからないものを用意して

 

配ったこともありましたが

 

 

そういや本命と義理以外にも

友チョコ

自己チョコ

なんてのもありますね。

 

商売っ気がすごい・・・

 

 

 

なーんも考えずただただ

 

誰かにとって都合のよい

 

似非イベントに

 

まんまと乗っかっていた私。

 

軽く20年は毎年毎年

 

チョコレート業界に

 

踊らされてましたね。

 

情けない。

 

 

 

 

 

 

 

2月14日は

女性が男性に本命チョコを贈り

愛を告白する。

 

恋愛感情のない男性には

日頃の感謝の気持ちを込めて
または

コミュニケーションの円滑化

ホワイトデーの返礼を期待して

「義理チョコ」を送る。

(私は忖度チョコだとも言えると思う)

 

それに対して3月14日には

男性が女性に

キャンディやクッキーを
お返しする。

 

 

 

 

 

この贈答習慣を

 

「誰」から「どのように」

 

知らされたのか

 

すら覚えてませんが。

 

 

 

とにかく私が日本社会における

 

バレンタインデー文化に

 

「?」

「!?」

 

と思い始めたのが10年ほど前。

 

 

 

 

クリスマスの闇を知った頃と

(詳しくは後述)

 

同時期になります。

 

 

 

 

 

バレンタインデーは言わずと知れた
一大イベントで

日本でのその経済効果は

1,000億円とも言われます。

 

ところで、バレンタインデーに

チョコレートを贈るというのは

日本独自の習慣って

知ってますか??

 

 

バレンタインデー発祥の欧米では

女性から男性に限らず

愛する人や親しい人へ

ケーキやカードなどを贈ります。

 

つまり、この

「バレンタインデーに

 女性から男性へ

 チョコレート贈る」

という習慣は日本のチョコ業界の

マーケティング戦略が生み出したもの。

 

 

ちなみに最初の火付け役は

1958年に伊勢丹新宿店で

イベントを始めた

マリーチョコだ

と言われています。

 

引用元

 

その後も森永製菓・モロゾフなど

大手企業が総力を挙げて

キャンペーンを展開し

 

バレンタインデー

  ‖

チョコレート

 

というイメージを

定着させることになりました。

 

 

 

なるほど、まず

 

バレンタインデーと

 

チョコが結びついたのは

 

なにか素敵な背景が

 

あるわけではなく

 

ただチョコの売上を上げたい

 

チョコレート業界が仕掛けた

 

キャンペーン戦略が発端だ

 

ということを

 

知っておく必要があります。

 

 

 

 

うん、じゃあ

 

バレンタインデーってのは?

 

バレンタインって土地名?

それとも人の名前?

 

これも誰かが勝手に作り上げた

 

ファンタジーなのか??

 

 

 

 

 

 

バレンタインデーの歴史は

 

ローマ帝国の時代(3世紀頃)に

 

遡ります。

 

当時の皇帝は

兵士らに家族(愛する人)がいると

士気が下がると考え

結婚を禁止していたが

結婚できず嘆き悲しむ兵士たちを

憐れに思ったキリスト教司祭(神父)の
バレンタイン

皇帝に内緒で兵士たちの結婚を
認めていた。

 

それを知り怒った皇帝はバレンタインに

そのような行為を辞めるよう命令したが

バレンタインが愛の尊さを説き
皇帝に抵抗したため

投獄拷問の末

当時行われていた「ルペルカリア祭」の

前日である2月14日に処刑(撲殺)し

祭の生贄にした。

 

バレンタインが没した2月14日は

彼の死を悼む日とされ

バレンタインデーと呼ばれた。

 

 

はい、これが世間に周知されている

 

バレンタインデーの起源です。

 

つまり2月14日は

 

愛を説き、恋人たちを守護した

 

素敵な神父さまバレンタインを

 

敬う日ってことなんですが・・・

 

 

 

どうも耳障りのいい話には

 

胡散臭さを感じてしまう

 

捻くれ者の私。

 

クリスマスの時と同様に

 

調べたよね。

 

 

 

 

 

はい、まいります。

 

実はバレンタインデーの起源は

 

神父バレンタインの死を

 

うまく利用しこじつけた

 

キリスト教なんて全く関係のない

 

イベントだったんです。

 

 

 

 

 

 

 

ルペルカリア祭とは

 

 

古代ローマ時代、2月14日は

 

結婚の女神ユノの祝日であり

 

翌15日から「ルペルカリア祭」という

 

祭りが行われていました。

 

上記したバレンタイン司教が

 

生贄にされたとされる祭りです。

 

 

じゃあその「ルペルカリア祭」って

 

どんな祭りなのか?

 

名目上では”繁栄祈願”の祭り

 

ってことになってますが・・・

 

実は

 

 

 

 

 

 

「出会い系SM乱交パーティ」

 

です(汗)。

 

 

こちらの記事を一部引用参考にしながら

お伝えしますね。

 

 

 

 

 

<SMプレイ>

 

 

ルペルカリア祭では

 

裸の男が

 

山羊の皮で作られた鞭で

 

女を打つ

 

という儀式が行われていました。

 

なんでそんなことしてたかっていうと

 

この時代は流産や死産が多く

 

出生率を高めるためには

 

神頼みとして

 

何らかの犠牲が必要だと考えられたこと

 

そして

 

「女性を鞭で打ち付けることで

その痛みと引き換えに

出産が容易になる」(マジで!?)

 

と信じられるようになったことから

 

安産祈願として

 

妊娠している女性を鞭で打ったり

 

子宝祈願として

 

妊娠していない女性も

 

鞭で打たれたりしたんだって。

 

妊婦を打とうとする流血全裸男性(引用元

 

 

 

 

■儀式の流れ■

 

①司祭がほぼ全裸の

若い男2人を流血させる

②その血を牛乳と混ぜる

③男2人は流血したまま

町中を走りながら

女性を鞭で打ちつける

・・・

 

 

町中走り回りながら女を打ちまくる男性2人組(引用元
 

 

ほ・・・ほーう。

 

かなり過激だ。

しかも

 

鞭で打たれれば打たれるほど

 

神のご加護を受けることができる

 

と信じられ

(正気!?!?)

 

多くの女性が鞭で打たれることを

 

懇願し、儀式後には女性も自ら

 

裸になったそうです。

ちなみにこの儀式は当時の儀式としては

とっても一般的なもので

貴族でさえも参加したと言われています。

 

 

 

 

 

 

<SEXし放題!!>

 

 

刺激的なのは

 

SM(鞭打ち)プレイだけではありません。

 

なんとこの祭りでは

 

くじ引きで成立したカップルは

 

お祭り期間中やり放題

(下品な言い回しですみません・・・)

 

というイベントも用意されました。

 

■イベントの流れ■

①祭の前日、未婚の女たちは

くじ引きの札に自分の名前を書き

桶の中に入れる

②祭り当日、男たちが

桶から札を1枚引く

③札の名前の女と

祭り期間限定のカップルとなり

一緒に過ごす

 

 

 

くじ引きでカップルが成立して

 

一緒に暮らすなんて

 

テレビ番組の企画みたいですね。

で、普段出会うことのない若い男女は

 

欲望のままに人目を気にせず

 

やりたい放題だったらしく・・・

 

引用元
 

これはまさに・・・

 

出会い系SM乱交パーティ状態。

 

 

お祭りでカップルとなった男女は

そのまま恋に落ちて

結婚することが多かったといいます。

うん、それは容易に想像つくよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに・・・

 

このルペルカリア祭の起源は

 

古代バビロンのニムロド崇拝です。

 

 

ニムロドでピンと来ます?

そう、クリスマスですよ。

クリスマスは

キリストの誕生日なんかじゃありません。

クリスマスは

ニムロドの生まれた日であり

ニムロドを讃える行事です。

 

ついでにハロウィンの起源も

ここにつながります・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祭の禁止と
バレンタイン

 

313年にキリスト教が公認され

 

392年にキリスト教が

 

ローマ帝国の国教となった後も

 

ルペルカリア祭は続きました。

しかしキリスト教が定着するにつれ

 

ルペルカリア祭は

 

ローマの神を崇拝する

 

異教徒の祭りだと

 

疎んじられるようになります。

 

 

結局5世紀末、ルペルカリア祭は

 

性的な乱れを助長し

 

若者の風紀を乱す野蛮な行事だという理由で

 

禁止されることになりました。

とはいっても貴重な男女の出会いの場で

1000年以上も続く大人気行事だった祭りを

ただ禁止するだけじゃ反発を招きますよね。

 

 

なのでローマ教会は

 

上述のバレンタイン司祭の伝説を基に

 

「男女を結びつける」

 

という要素を残しながら

 

キリスト教的なイベントを

 

創りあげることにしたんです。

具体的には、お祭りのくじ引きの札には

女の名前の代わりに聖人の名前を書き

1年間その聖人のように過ごすという内容に変更。

祭りの健全化が図られた、というわけです。

 

引用、参考はここまでー

 

つ・ま・り

 

キリスト教とはまったく縁のない

 

古代ローマのルペルカリア祭が

 

政治的策略によって

 

キリスト教要素たっぷりに見せかけた

 

恋人たちのための

 

バレンタインデーの起源になった

 

ということです。

 

 

 

 

 

 

 

以上が私が今の所認識している

 

バレンタインの由来です。

 

 

 

バレンタインって

 

ロマンチックとは程遠い

 

かなり激しく

 

エロチックなお祭り、しかも

 

生贄を捧げちゃうようなイベントから

 

誕生してるんですね。

 

 

 

 

もちろんこれ、言い伝えだし

 

1600年以上も前の話だから

 

本当かどうか誰にもわかりません。

 

 

ただね、私は言い伝えの中にこそ

 

真実が隠れてると思っています。

 

そして

 

どの情報にどんな風に

 

自分の心が反応するか・・・

 

 

 

ここで信じる信じないを

 

判断するようにしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本弱体化と
バレンタイン

 

 

日本における

 

「バレンタインには

愛する人に

チョコレートを贈る」

 

という習慣は

 

チョコレート業界が広めた

 

と言われていますが

 

最初は特に

 

「女性から男性へ」という要素は

 

なかったようです。

 

 

 

それが、いつの間にか

 

「女性から男性へ

チョコレートを贈り

告白していい日」

 

になりました。

 

 

日本の場合

男性が女性にプレゼントする

という習慣があまりなかったから

男性にチョコを買わせるのが難しく

購買欲のある女性をターゲットにしよう

と考えたのかもしれません。

 

 

 

 

ただ、その理由がどうであれ

 

「バレンタインは

女性が男性に告白する」

 

というこの悪しき洗脳イベントが

 

日本に大量の

 

「待受消極男子」

 

作ることになってしまった

 

とは考えられませんかね?

 

 

 

 

小さい頃から毎年のように

「バレンタインにチョコレートもらえなかった」とか

「告白されなかった」という経験を積み重ねた場合・・・

どんな男性が育っていくか?

おっと失礼。もちろん

告白される男子もいますのでその場合は

毎年毎年自分はなにもアクションせず

言い寄ってくる女の相手をするだけ

という経験を積み重ねた場合・・・

 

自分から告白する勇気をもてない、または

そういう考えすらない男性が育ちますよね?

そしてそもそも告白とは

女からするもんだ。

自分の思いを伝えるってのは女のすることだ

という

「まず動くのは女だろ」的な思考の

完全なる受動専門男児の出来上がり。

 

 

 

さらに「ホワイトデー」。

 

とんでもないイベントを

 

作り出したもんだ。

(ま、業界はお菓子を売りたかっただけ)

 

 

 

ホワイトデーって

 

「バレンタインデーのお返し」

 

っていう設定だから

 

バレンタインに

 

何ももらっていない男性には

 

告白する選択肢すら与えられない。

 

男性をさらに

 

恋愛弱者にしてしまうよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてやっぱりバレンタインで

 

見逃せない点はココでしょう。

 

 

 

 

 

市販のチョコレートって・・・

 

 

添加物

てんこ盛り

 

 

身体に優しくないものばっかり!!

 

 

 

原材料確認してくださいよ?

 

 

 

乳化剤入ってませんか?

香料は?

砂糖は?

植物油脂は??

 

 

 

 

ゼロカロリーチョコとか

 

ノンシュガーチョコだったら

 

マシ・・・?

 

 

 

違います。

 

 

 

アスパルテーム入ってない?

スクラロースは?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有害チョコで

 

日本男児の心身を

 

じわじわ弱らせる

 

悪魔女子にならないでね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛=エネルギー
目に見えないもの

 

 

私はこちらにも書いているように

 

 

 

目に見えないものこそ

 

大切にしたいと思って生きていますが

 

そもそも愛という尊いエネルギーを

 

わざわざ可視化する必要なんてない。

 

 

 

愛とは無限大で

目に見えないもの。

 

 

 

 

なのにそれを

 

目に見える形にしたりするから

(目に見える形でしか受け取れないから)

 

有限となり

 

薄っぺらになる。

 

 

 

100円のチョコなら100円分の愛に

10000円のチョコなら

10000円分の愛に。

 

 

 

さらに

 

可視化されてしまうと

 

人はどうしても

 

比較対象として

 

捉えるようになっちゃいます。

 

 

 

100<100000

 

10000円のチョコをくれた

Bくんの方が

100円のAくんよりも

私を求愛してるのね、なんて

 

 

勘違いしちゃいそうになります。

 

悲しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛とはただ

 

愛という波動として存在するのであり

 

無形無限です。

 

愛とは

 

目に見えないエネルギーです。

 

 

 

誰かの幸せを心から祈り

 

何も言わずそばにいて

 

好きなことを一緒に楽しむ。

 

存在をすべて

 

ありのままに認め

 

迷うことなく信じる。

 

 

 

見返りを求めず

 

思いやり赦し

 

責めず話し合い

 

発する言葉に耳を傾ける。

 

 

 

愛は見えないモノ。

 

だからこそ

 

愛する対象をしっかり

 

見つめる。

 

目で見ようとせず

 

心で感じようとする。

 

 

 

 

 

これまで240年続いてきた

 

地の時代では

 

目に見えるものに

 

価値があるとされました。

 

形あるものを残すことに

 

人は全力を尽くし

 

形として残ったものを

 

大切にすべきで

 

守るべきと教えられました。

 

そういった見えるものを

 

意識して生きることが

 

デフォルトでした。

 

 

 

 

 

でももう変わってますよ。

 

これからは(もう既に)

 

風の時代です。

 

 

 

 

 

 

 

目に見えないもの・力こそ

 

価値があり信じられるモノとして

 

大切にする生き方を。

 

 

 

 

目に見えるもの=有限=刹那

 

目に見えないもの=無限=永遠

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

with Big LOVE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合掌